2005年08月11日
知的探求心のなせるもの
歳相応の知識、常識にいくぶん欠けているわたしは、自分の年齢があやふやである。基準となる自身があいまいなので、対する相手の歳を見抜くのも苦手だ。年上であると思っていた人がずいぶんと若かった場合にはそれほど迷惑にもならないようであるが、年下と見ている人が実は先輩であったりすると、恥をかくことが多い。
そしてまた失礼をしてしまった。同じ歳、もしかしたら年下なのかもしれぬ、と踏んでいた人が、年上であった。ふたつやみっつなら許されるのかもしれないが、50歳をこえていると聞いて愕然とした。語学にも堪能で、あらゆることに豊富な知識を持っており、落ち着いた話し方から考えてみても容易にわかったはずであろうに、スポーツで鍛えられた引き締まった体格と精悍な顔立ちにだまされた。
どうしてこんなに若々しいのだろう。失礼ついでに、じっと顔を見つめた。目だ。目である。くたびれた50代のおやぢならば、このような光る目を持っていない。きらきらと光りを放つ目。いつまでも知的探求心を持ち続けている人の目は、こんなふうに輝きつづけているものなのだろう。さあ、わたしも日本史だ(笑)。
by ichiko : カテゴリー:日々のあれこれ
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