2005年03月27日
軽な家族と夕焼け
午前中にひと仕事を終え、昼すぎからゴルフの練習に行く。天気のいい日曜日の午後は、練習場も混んでいる。おじさまたちに混じって晴れた空にかこーんかこーんと球を打つ。
帰りがけに寄ったスーパーで、となりに軽自動車が停まった。小さな車から、若い夫婦と子どもがふたり降りてくる。男の子のほうはものめずらしそうにわたしの車を見つめ、通りすがりにさっとボンネットにさわった。歩きながら振り返り、先に行く親から呼ばれる。車好きの子なのかもしれない。
ムリだな、とわたしは苦笑いする。もしも軽自動車に乗れといわれたら、車はあきらめるだろう。それなら乗らないほうがまだましなような気がする。
出口に向かって走ると、車はさっきの男の子の横を大きくカーブしてすり抜けた。親に手をひかれて歩くあの子は、もう振り返らなかった。
いつのまにか、西の空が赤く焼けていた。線路をまたぐ大きな陸橋をぐんとのぼると、そのむこうはオレンジ色の空しかなかった。わたしの車は夕焼けにつっこんでいくジェットコースターになった。のぼりきってからひゅぅんと勢いよくくだると、どうしようもないほど切なくなった。ぐちゅぐちゅと涙がわいた。
持っているようで、じつはわたしは何も持っていないのだろう。
天気のいい週末の休みには、家族でドライブなどに出かける。梅を見に行こうか、河原で遊ぼうか。遊んだあとは家の近くの日帰り温泉に行き、ひと風呂あびる。風呂上がりにはみんなでアイスクリームをなめるんだ。「きょうはちょっと疲れちゃったから」などと言い訳をしつつ、安いお総菜のパックを買うためにスーパーに寄る。それだったら、軽自動車でもいいな、と思えてくる。
だれも信じてくれないけれど、それがわたしの描く幸せの風景だ。
だけれど、そのなかのなにひとつ、わたしは持っていない。日曜日の朝に仕事をし、ひとりでゴルフの練習に出かけ、スーパーの帰りがけに見た夕焼けに涙している。自分で選んだ人生とはいえ、ある意味わたしも負け犬なのだろう。
by ichiko : カテゴリー:日々のあれこれ
