2005年02月09日

悪気はあってくれたほうが

ものすごく腹がたった。
「むこうは悪気があってやっているわけじゃないんだから、多めに見てあげなよ」となだめられる。

悪気はないのだから。この言いぐさを聞くと、絶望的な気持ちになる。

悪気はあってくれたほうがいい。悪いと知っていながら意図的にやっているのなら、わたしへの悪意または憎悪が消滅したときには相手の態度は変わるだろう。なにかしらの期待が持てる。

悪気がないというのは、どうも聞こえがいい。純粋なまっさらな心で、悪い企みなどこれっぽっちも抱いたつもりはありません。しかし、多くの場合はただの「あほ」である。自分の言葉、態度によって周りがどれほど傷ついているのか、イヤな思いをしているのかに気づけない、気づこうともしないあほなのだ。

むこうに悪気がない場合、事態は永遠に変わらない。悪いとわかっていないのだから、改善されることはけっしてない。ずっとこの先も能天気に生きていくんだろう。どうせなら、悪気はあってくれたほうがまだましである。

by ichiko : カテゴリー:日々のあれこれ

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