2004年12月24日

聖夜の誓い

 高3のイブの夜。受験勉強に専念し、彼氏もおらず、パーティーもなく、友だちと会う予定もなかった。部屋でひっそりラジオなどを聴いていると、隣の部屋から兄がやってきて「どっかさ、お洒落な店でも行って、コーヒーでも飲むか」という。恋人と別れたばかりで、兄もヒマだったのである。

 粉雪の舞う夜、兄のオンボロのセリカに乗りこんで、神宮の森のそばにある『倫敦館』まで車を走らせた。当時、わたしたちの間でもっともお洒落だとされていたカフェだ。静かな高級住宅街のかたすみで、ささやかなイルミネーションに照らされたレンガの壁が夜の闇に赤く浮かび上がっていた。

 窓辺の席に座り、イルミネーションの光を受けてちらちらと輝く雪をみつめながら、何をするあてもない兄妹ふたりは黙ってコーヒーを飲んだ。照明が落とされたほの暗い店内で、テーブルのキャンドルの火が揺らめいていた。

 一台の車がすっと窓の横に滑り込んできた。札幌の街ではめったに見ることのない、高級外車だ。重そうなドアを開けて、タキシードを着た男と、ドレスの上に毛皮をはおった女が降りる。雪を喜ぶように空を見上げてから、足早に店のなかに入ってきた。

 車を降りてから、二人がわたしの横を通り過ぎるまで、息をのんでそのカップルを見つめていた。兄も同じだったのだろう、すこし間をおいてからふーと大きく息をついた。

「すごいね」
「すごいよね」
 これからパーティーにでも出かけるのだろう。まだ間があるのでコーヒーでも飲んで時間をつぶしましょうといったところか。公務員の家に育ったわたしたちには、あまりにもまぶしく、きらめくような光景だった。

 しばらくして兄は言った。「ボクも将来は絶対にあんなふうになるんだ。高級な車に乗り、イブの夜にはタキシードを着てパーティーに出られる世界に行くんだ」。わたしとはちがい、物静かでおとなしい性格の兄が、興奮気味にそのような野望を口にするのが不思議に思えた。

 さして興味もなく、ふふふと笑っていると、「だからイッコもがんばるんだよ。おまえもそういう世界に行くんだ」と兄は真面目な顔で言ったものだ。

 何年かが過ぎ、大学の歯学部を卒業した兄は自分のクリニックを持ち、外車に乗るようになった。タキシードのパーティーに出ているかどうかは知らないけれど、野望はなしとげられたのではないかと思う。

 わたしはといえば、転々と職を変え、住所を変え、ふらふらとした中途半端な人生のままである。どこで、なにを間違えてしまったんだろう。

 クリスマスになると、あの夜をよく思い出す。黒塗りのセダンから降りてきた豪華な二人。度肝を抜かれ、言葉をなくして彼らをただじっと見つめている自分。

 いまでもはっきり覚えている。けれど、もうあこがれる気持ちはない。うらやましいとも思わなくなった。

 さっき、父からメールが来た。クリスマス・イブの夜、札幌の街は大雪になっているそうだ。

by ichiko : カテゴリー:夫、身内について

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