2004年12月16日

イノウエに住むイノウエ

 わたしの名前は井上で、住所も井上で、井上地区に住んでいる人の80%は井上という姓なんだけれども血縁関係でつながっている人は実はとても少ない。他人でありながらも同じ姓でイノウエという自治区に住まう集団である。

 当然のことながら、お互いを呼び合うのは下の名前のほうになる。歳のいったおじさまたちが、かいっちゃん、とか、のぶちゃん、と名前で呼び合う。お偉い社長であっても、しょうちゃん、である。腰の曲がったばさまも、おたかちゃん、や、みっちゃん、と呼ばれるとなんだかかわいらしい。

 自治区をさらに細分化した集まり、自治会にはイノウエアキラという人物が3人も存在する。そのうちの1人が夫である。名前の漢字が違っているので、書面になったときには見分けやすいが、話し言葉となるとかなりややこしい。

 区別する方法としては、それぞれに説明用の枕ことばをつけるようで、線路ぎわのアキラさん、しょうちゃんところのアキラくん、、夫はといえばトヨコ(母)さんところのアキラくん、になる。

 初対面の人に出会ったとき、わたしの挨拶は「トヨコのところのアキラの嫁のイチコです」となんだか妙な言い回しになるけれど、イノウエ自治区の人には一番わかりやすい説明だ。

 ほとんどの人がここで生まれ育ち、ひいじいさんの時代から互いを知り合っているような田舎の土地に、よそから移り住むには勇気がいる。不安でいっぱいだ。そんなとき、見知らぬおじさんやおばさんから「いちこさん、いちこさん」と呼ばれることで、どんなに心がなごんだだろう。アキラくんのお嫁さんじゃなくて、いちこさん、というところがいい。ぐんと距離が縮まったようで、仲間にいれてもらえた気がして、名前を呼ばれるたびにほかほかと心のなかがあたたかくなった。

 いまでは、わたしもおじさまたちをちゃっかりと名前で呼ぶようになった。ゴルフに行ったりすると、「しんちゃーん、それ、OBだってばーっ」などと叫んでいたりして。

by ichiko : カテゴリー:山の暮らしぶり

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